9冊目 銀河英雄伝説7〜怒濤篇
本巻の主要トピック
・ヤン艦隊、イゼルローン要塞を再奪取
・ マル・アデッタ星域会戦
・冬バラ園の勅令公布(自由惑星同盟の滅亡)
・ロイエンタール、新領土総督就任
本巻において、銀河を二分した勢力のひとつ、自由惑星同盟は、名実ともに消滅してしまう。銀河の大きな歴史が、また1ページめくられる。そして、今まで鳴りを潜めていた第三の勢力が、歴史の裏舞台で蠢動をはじめる……
「銀英伝」の大きなテーマとして、専制政治と民主政治の対立があげられるだろう。ここまで読んでいて(これを記している時点で、9巻を読み終えており、そこまでを含めても)気づいたことがある。
ヤンは、専制政治と民主政治、両方の長所と短所を思って、逡巡しつつも、民主主義の側に立っている。一方、ラインハルトは、専制政治の側に立って、微動だにしない。ラインハルトは、自らの政治的な選択を後悔することはあっても、それを専制政治自体の問題点と結び付けることはない。
こういったそれぞれの「矜持」(「信念」という言葉はヤンが嫌うらしいので)が、この物語における2人の主人公の、最も際立った違いなのかもしれない。
「皇帝ラインハルト陛下、わしはあなたの才能と器量を高く評価しているつもりだ。孫をもつなら、あなたのような人物をもちたいものだ。だが、あなたの臣下にはなれん。ヤン・ウェンリーも、あなたの友人にはなれるが、やはり臣下にはなれん。他人ごとだが保証してもよいくらいさ。なぜなら、えらそうに言わせてもらえば、民主主義とは対等の友人をつくる思想であって、主従をつくる思想ではないからだ。わしはよい友人がほしいし、誰かにとってよい友人でありたいと思う。だが、よい主君もよい臣下ももちたいとは思わない。だからこそ、あなたとおなじ旗をあおぐことはできなかったのだ。御厚意には感謝するが、いまさらあなたにこの老体は必要あるまい……民主主義に乾杯!」(ビュコック)
「たぶん人間は自分で考えているよりもはるかに卑劣なことができるのだと思います。平和で順境にあれば、そんな自分自身を再発見せずにすむのでしょうけど……」(ヒルダ)
吾々は軍人だ。そして民主共和政体とは、しばしば銃口から生まれる。軍事力は民主政治を産みおとしながら、その功績を誇ることは許されない。それは不公正なことではない。なぜなら民主主義とは力をもった者の自制にこそ精髄があるからだ。強者の自制を法律と機構によって制度化したのが民主主義なのだ。そして軍隊が自制しなければ、誰にも自制の必要などない。自分たち自身を基本的には否定する政治体制のために戦う。その矛盾した構造を、民主主義の軍隊は受容しなくてはならない。軍隊が政府に要求してよいのは、せいぜい年金と有給休暇をよこせ、というくらいさ。つまり労働者としての権利。それ以上はけっして許されない」(ヤン)