何冊よめるかな?

本棚の肥やしと化した本たちを供養するため始めたブログ

20冊目 冬の鷹

『冬の鷹』 吉村昭 著、読了

 

居島一平加藤陽子両氏の影響で、にわかに歴史に興味を持った私は、楽しく歴史のお勉強に取り組めるよう、歴史小説を読もうと思った。そこで何を読んだらいいのか、しばらく迷っていたが、綿密な取材に定評のある吉村昭がいいのではないかと思いたった。そういえば、以前読んだ本があったはずだと、本棚の奥から引っ張り出してきたのが本書だ。

本書の主人公は前野良沢。副主人公は杉田玄白。辞書も文法書もない時代、不可能とされていたオランダ語の翻訳を、強い信念でやり遂げた二人の物語。実際の翻訳作業に関しては良沢に負うところが大きい。玄白や他の仲間たちは、良沢が翻訳するにあたってサポーターとしての役割を果たした。しかし、大変な苦労の末、念願の翻訳が成り、『解体新書』が出版されてみると、そこに前野良沢の名前はなかった。学者肌で潔癖な良沢は、不完全な翻訳である『解体新書』の出版に反対だった。完璧な翻訳よりも、西洋医学そのものを世に問う方が重要だと考える杉田玄白は、半ば独善的に『解体新書』の出版に動く。

本書において良沢と玄白は対象的な存在として描かれる。良沢を「陰」とすれば、玄白は「陽」である。『解体新書』の成功を機に、医学者としての成功を収めた玄白は、多くの弟子を育て、家族にも囲まれ、裕福な一生を送る。社会的な名声よりも、自らの学業の研鑽に邁進した良沢は、孤独で貧しい老後を送る。

本書を初めて読んだのは、もう10年以上も前になるだろうか。当時は高潔な良沢の生き方に共感した。しかし、今回、読み返してみると、現在の私には玄白に対する共感の方が勝っていた。「医学」ということを主軸に考えてみると、鎖国下の日本において、西洋医学を世に問い、その意義を知らしめることができたのは、玄白の如才ない政治的な才覚と人徳があったればこそ、というふうに読めたからだ。

一方、良沢は「翻訳」に果たした役割は比類ないものであったが、「医学」に果たした役割ということを考えるとどうであろう。

かれは医家であったが、それよりも一層オランダ語研究者であった。かれは、オランダ書を翻訳することに意義を感じていた。 

 

とまれ、私は良沢の理想主義的な生き方に憧れる。一方、「人間」として、人とひととの関係の中で生きた玄白の生き方も立派だと思えた。

本書には、実はもう一人、対象的な人物が描かれている。平賀源内である。良沢と玄白は陰陽関係ではあったが、二人ともブライトサイドを歩んだ。一方、源内はダークサイドに堕ちた人物として描かれる。良沢のように自律的な厳しさを持たず、玄白のように人好きのする性格を持たない私は、実は、源内の生き方にゾッとする共感を得たのかもしれない。

「地に足をつけた生き方をすべし」 本書は、今の私に、そのようなメッセージを送ってくれているように思えてならなかった。

冬の鷹 (新潮文庫)

冬の鷹 (新潮文庫)