何冊よめるかな?

本棚の肥やしと化した本たちを供養するため始めたブログ

12冊目 談志の十八番

『談志の十八番 必聴!名演・名盤ガイド』 広瀬和生 著、読了

 落語に滅法詳しい芸人のサンキュータツオさんが、確か本書を推薦図書として挙げていた気がする。それで本書を手に取った。

子供の頃、祖父の膝の上で、テレビで演っている落語をよく見たものだ。当時は春風亭柳昇や柳屋小三治がお気に入りだった。そんなだから、落語に対して、難しそうとか、古典芸能然とした敷居の高さは感じないで育った。もちろん、立川談志というアクの強い噺家の存在も、子どもながらに知っていた。

20代前半だったろうか、談志が「ミリオネア」に出演しているのを偶然見た。談志は、獲得した小切手をその場でビリビリと破り捨てて、みのもんたの前から去っていった。それを見て私は反感を持った。仮にそういうお金の入り方を良しとしない主義を持っているにしても、何もみんなの見ている場で破り捨てないでもいい。一人でこっそり捨てるなり、焼くなりすればいい。人前で破り捨てるところに、わざとらしさやいやらしさのようなものを感じた。

それから数年後、読書習慣をつけようと、手当たり次第に本を読む生活の中で、爆笑問題の著作を何冊か読んだ。そして、太田光が談志のことを絶賛しているのを知った。談志もまた、太田のことを絶賛しているらしいことも知った。「嫌味なおっさん」という印象くらいしかなかった談志だったが、太田が尊敬する噺家ということで気になる存在になった。そして、あの「落語とは業の肯定である」という警句に出会った。衝撃だった。すごい言葉だ!談志って、こんなすごいことを考えている人だったんだ!

さらに時代が下ってYouナントカTubeが観れるようになると、談志の落語を観るようになった。(幼少期を除いて)はじめて聴いた談志の落語は「やかん」だった。これまた衝撃だった。すごい!凄い!Sugoi!

私は子供の頃から、落書きが好きだった。授業中はほとんど落書きをしているような子どもだった。で、落書きをはじめると、近くにいるクラスメイトに、「何を描いてるの?」と訊かれることが時々あった。でも、そういうときって、特に何かを描こうと決めているわけではない。手慰みというのか、目的もなく、何とはなしに線を引いていると、それが次第に像を結んでくる。それだけのことだった。そんな経験やら何やらが積み重なって、私は次第に、因果律というものに不快感を持つようになった。そんな思いから、以前、「因果律端から否定してやろう寝乱れている夜の企て」という歌を詠んだこともある。モノゴトには必ず理由がある。そういう考え方に疑問を持ち、理由のない世界、理不尽で混沌とした世界に真実性を感じるようになっていった。

談志の「やかん」は、そんな私の思いを大肯定してくれるものだった。私の「因果律の否定」というテーマを、談志は「イリュージョン」という概念をつかって代弁してくれているように感じた。それから、談志の落語を毎日のように聴くようになった。談志師匠には申し訳ないと思いながらも、生の高座を観に行ったり、CDを買うことができない貧乏な私は、YouナントカTubeで聴くことしかできなかったが、それでも談志の持つ凄さは、十二分に感じられた。好きな噺は、「やかん」「松曳き」「粗忽長屋」「野ざらし」等々だ。聴くたびに発見があり、談志の芸の細やかさや奥深さが感じられて、飽きるということは全くなかった。

談志はまた、「芸術には狂気が宿っていなければならない」という主旨の発言をしている。それも私をして激しく首肯させる了簡のひとつだ。そう、「了簡」なのだ。「世界観」とか「人生觀」というと大げさになってしまうから、「了簡」という言葉がピッタリだと思う。僭越ながら私の了簡、つまりものごとの見方と、談志のそれは似ている気がする。本書の中に、ただ善人だけが出てくる人情噺を、談志が徹底的に嫌ったことが示されているが、そういう了簡に、私はいちいち共感を覚える。そして、今ならわかる。小切手を破った談志に対する私の負の感情は、同族嫌悪だったのだ。

本書は、タイトル通り、落語入門者に談志を聴くならこれを聴くといいですよ、というガイド本だ。談志が得意とした噺のあらすじ→その噺が収録されているメディアのリスト→各口演の解説→談志以外の噺家による同じ噺が収録されているメディアの紹介(談志との差異の解説)というのが本書の大まかな流れだ。それを通じて、談志の中心的な了簡である「業の肯定」「イリュージョン」「江戸の風」などの解説がなされており、談志の了簡の変遷も知ることができる。

演者としても、批評家としても、作家としても超一流だった「本物の落語家」立川談志。落語的リアリズムを追求し続けた、談志のエッセンスがわかる一冊だった。

談志の十八番?必聴! 名演・名盤ガイド? (光文社新書)

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