何冊よめるかな?

本棚の肥やしと化した本たちを供養するため始めたブログ

2018年の15冊目 炭水化物が人類を滅ぼす〜糖質制限からみた生命の科学

夏井睦 著『炭水化物が人類を滅ぼす〜糖質制限からみた生命の科学』読了

 今年、新年を迎えるにあたって、3つの目標をたてた。

  1. 1年間で50冊以上の本を読む
  2. デスボイスをマスターする
  3. 1日、10分でもいいから、毎日、絵を描く

 目標は破られるためにある。あるいは、目標が果たせないことで、いかに自分という存在が情けないかを確認するためにある。にも関わらず、自分でも意外なことに、「デスボイスをマスターする」が2月に、早々に達成できてしまった。(厳密にはfalse chord screamが出せるようになった)まだ今年も始まったばかりだし、新たな目標をどうしようか、と迷っていたとき、新聞で糖質制限についての記事を見つけた。これを新しい目標にしよう。

 新聞の記事だけでは、心許ないので、もう少し詳しい糖質制限に関する書籍はないか、と図書館に赴いて、本書を見つけた。類書は他にもあったが、私が『もやしもん』にはまっていた頃、著者の前著『傷はぜったい消毒するな』を読み、たいへん面白かった覚えがあるので、今回も著者の本を手に取った次第だ。

 大変興味深かった。あまりに面白かったので、図書館で借りるだけでは飽き足らず、書店で購入してしまった。

 著者の主張を一言でいえば、「人類に炭水化物は必要ない」

 糖質制限の具体的なやり方や、その効用についての記述は、はじめの1/4程度に過ぎない。残りの3/4は、糖質(≒炭水化物)と人類の関係について、栄養学、文化人類学、医学、生物学など、学際的かつ多角的な視点から論じられている。そのどれもが、スリリングでおもしろいのだ。

 だが、おもしろさには注意が必要だ。特に自然科学に関しては、おもしろさだけで邁進すると、「仮説」ではなく「妄想(飛躍した思いつき)」になってしまうおそれがある。著者に反論する立場、つまり炭水化物擁護派の人たちは、おそらくその点を批判するに違いない。

  本書で述べられる主張、仮説の正否は、今後の研究が必要だろうと思う。ただ、仮説の正否がどうあろうと、私がすばらしいと感じたのは、自らの仮説に対する批判は当然あるだろうとしたうえで、著者の科学に対する信念が、きちんと表明されている点だ。少し長くなるが、引用してみたい。

本書では仮説を大胆に展開している。読者によっては「根拠のない仮説を書くべきではない」と反感を持たれる方もいるだろう。それは十分承知の上だ。仮説が正しいことが後に証明されれば格好いいが、間違いだった場合は赤っ恥をかき、物笑いのタネにされるのがオチだ。一方、世の常として、正しい仮説よりは間違っている仮説のほうが圧倒的に多い。つまり、仮説を堂々と書くのは極めてリスキーといえる。

 だが、私はリスクを承知で次々と新しい仮説を考えては、書籍やネットを通じて公開している。理由は、魅力的な仮説を思い付いた科学者はそれを公開すべきであり、むしろ公開することが義務だと考えているからだ。複雑に入り組んでいる現実世界から真実を見出そうとするなら、仮定と仮説に基づいた思考実験は絶対に必要なのだ。

 そして、仮説は公開されて第三者の目に触れて初めて命を得るが、自分の頭の中にしまっておくだけでは単なる死蔵である。ならば公開しないという選択肢はありえないだろう。それで賞賛を得るか笑い物になるかは確率問題であり、それは科学の本質とは無関係なものだ。

 この信念に、全面的に賛成できるわけではない。仮説が間違っていた場合、恥をかいたり、嘲笑われるだけで済むとは限らない。こと健康に関する仮説においては、それを信じたことにより、被害を受ける人たちが出る可能性もある。かつて、放射性物質が健康によいと信じられて、深刻な健康被害にあった人々が、実際に数多くいた。この種の暗い科学の歴史の例は、枚挙にいとまがない。

 「仮説に対する責任」という倫理的な問題は残るものの、「複雑に入り組んでいる現実世界から真実を見出そうとするなら、仮定と仮説に基づいた思考実験は絶対に必要」「仮説は(中略)自分の頭の中にしまっておくだけでは単なる死蔵」になってしまうという部分には、激しく同意した。とくに私のような失敗を恐れて、新たな一歩を踏み出せない臆病な人間には、こうした大胆さも、少しは必要なのだろう。セントラル・ドグマでさえ疑う力を持っていることが、人間のひとつの自由であり、価値だと思う。

 本書で展開される仮説には、少なくとも私には説得力があると思えた。仮説に説得力を持たせるには、それだけ深い勉強も必要になるだろう。「思いつき」と「仮説」違いはそこら辺にあるんだろうな、私が仮説を公開できないのは、勉強量が圧倒的に足りないんだろうな、そんな反省をさせてもらえる読書体験になった。

炭水化物が人類を滅ぼす?糖質制限からみた生命の科学? (光文社新書)