12冊目 銀河英雄伝説10〜落日篇
本巻の主要トピック
・ラインハルト、ヒルダと結婚
・柊館炎上
・シヴァ星域会戦
・ルビンスキーの火祭り
・地球教壊滅
ついに、「銀英伝」本伝も最終巻。物語全体を通せば、本巻はクロージングに当てられているため、8巻や9巻に比べると、やや盛り上がりにはやや欠けるかもしれない。しかし、壮大な物語を締めくくるには、本一冊分くらいは必要だろうから、ある意味、これは必然だろう。そして、そのようにみるならば、巨大な恒星が落ち、新たな希望へとつなぐ、というとても美しい締めだった。
「銀英伝」が名作であるとはいえ、ひとりの人間が生み出した物語だから、“完璧”というわけにはいかない。私が耳にした批判では、宇宙空間の艦隊戦なのに、戦闘シーンが二次元的だ、というものがある。私も、今回読んでいて、もし民主主義の種を残すことが、いちばん大切なのだというのなら、ヤンは帝国の要職に就いて、ユリアンが目指したように、憲法を制定させる、とか他の可能性に踏み出してもいいのでは?と思うところもあった。
でも、「いい映画は、細かいほころびが気にならないし、つまらない映画は細かいほころびばかり気になってしまうもの」という。これだけの長編を、小さなほころびが気にならないように、最初から最期まで描ききった、著者の筆力には脱帽した。
今回、はじめて原作を通読したわけだが、旧アニメ版を初めて観たときと同等、あいはそれ以上の感動を得ることができた。というか、旧アニメ版は、かなり原作に忠実に制作されていることがよくわかった。原作のちょっと難しい表現、たとえば、「〇〇することあたわず」みたいな文語的な表現を、そのまま採用したために、旧アニメ版も、原作の持つ格調の高さを表現できていたように思う。
何でもわかりやすくすることが優先される現在、この4月から放映される新アニメ版はどのようになるだろう。同盟の理想、帝国の格調を損なうことなく、原作や旧アニメ版を超える名作を観てみたい!とは、あまりに欲張りだろうか。ともかく、今は、楽しみでしかたない。
「ね、ユリアン、とにかくバーラト星系は民主主義の手に残るのね」
「そう」
「たったそれだけなのね、考えてみると」
「そう、たったこれだけ」
(中略)
たったこれだけのことが実現するのに、五〇〇年の歳月と、数千億の人命が必要だったのだ。銀河連邦の末期に、市民たちが政治に倦まなかったら、ただひとりの人間に、無制限の権力を与えることがいかに危険であるか、彼らが気づいていたら。市民の権利より国家の権威が優先されるような政治体制が、どれほど多くの人を不幸にするか、過去の歴史から学びえていたら。
(中略)
「政治なんておれたちに関係ないよ」という一言は、それを発した者に対する権利剥奪の宣言である。政治は、それを蔑視した者に対して、かならず復讐するのだ。ごくわずかな想像力があれば、それがわかるはずなのに。
「ユリアン、あんたは政治指導者にはならないの。ハイネセン臨時政府の代表になるとか、そういうことはないの?」
「ぼくの予定表にはないね」
「あんたの予定は、それじゃ、どうなってるの」
「軍人になって専制主義の帝国と戦う、そしてその任務が終わったら……」
「終わったら?」
カリンの問いに、直接ユリアンは答えなかった。